恭平 快復作戦

 


「ねぇ、マドカ。ちょっと……いいかな?」

「どうしました、沙由香さん?」

 恭平が自宅へと帰ったあとしばらく考え込んでいた沙由香がマドカに声をかけた。その日はこの夏一番の暑さを記録した日で、太陽が沈んだというのにうだるような暑さはまだ続いている。

「恭ちゃんのことなんだけどね」

「恭平さんがどうかしましたか?」

 正面に向き直って聞きかえすマドカに対して、沙由香は少し自信なさげにうなづいた。

「うん、恭ちゃんね、今日なんだか変じゃなかったって、その……思わない?」

「変……ですか」

 マドカは少し目を閉じて今日一日の恭平の行動をトレースする。人間が思い出すのとは違いアンドロイドのマドカは記録した事柄を正確に反芻することができる。恭平が沙由香に行っているD2エナジー充填のためのHとそのときのエナジーの充填率を中心にチェックを行う。

 繰り返しチェックを行ったが、通常値より異常に下回っている箇所はなかった。もちろん反対に異常なほど上回っている箇所もない。つまり何の問題もなかった。

「今日の海はよくなかったのですか?」

 マドカがいつもポーカーフェイスでそういった瞬間、昼間の海の岩場での行為を思い出したのか、沙由香の顔がボッと音がしそうなほどの勢いで朱に染まる。

「う、うう、そうじゃ……ないけど」

「?。エナジーは予測値の誤差範囲内で充填されています。何の問題もないと思いますが……」

 か細いほどの首を少しかしげて、不思議そうな動作をする。表情はあまり変わっていないが。

「D2エナジーのことじゃなくてね。恭ちゃんいつもより、覇気がないっていうか、疲れているっていうか。その……元気がないっていうか」

 自分でも確信が持てないのか、沙由香の声は尻すぼみに小さくなっていく。

「元気……ですか」

 先ほどチェックした項目に恭平のデータを加えて再度チェックする。優先度は沙由香やDDD(ドキドキダイナモ)の稼動状態に比べて数段落ちるが、今ではエスカレイヤー引いては地球防衛にとって欠かせない人材となっている恭平もデータ収集の対象になっているのだ。

「たしかに、多少疲労がたまっているようですね。若いのにだらしない」

 手厳しい言葉が口にのぼる。とはいえ、ここのところ連日エナジー充填、フラスト怪人との戦闘、エスカレイヤーの強化指導と恭平は休む暇がなかった。実際前線でエスカレイヤーとなって戦っている沙由香はエナジー充填を行っているので、夜さえしっかり眠っていればさほど問題にならないのだが、恭平はそういうわけにもいかないようだ。

「この暑さでへばっているというのもあるでしょうが、やはり沙由香さんとの行為が一番の要因でしょうね」

 マドカの一言に、ようやくおさまった沙由香の顔色がまたも紅潮する。

「うう……ごめんなさい」

 頬を染めながら搾り出すようにつぶやく沙由香。

「地球を守るために必要な行為なんですから沙由香さんが謝る必要はありません」

 そうマドカが断言する。別に沙由香を慰めているわけではなく、地球防衛が最優先事項であるマドカにとってはエスカレイヤーである沙由香が効率的にエナジーを充填できて、なおかつ侵略者に対抗できることが重要なのだ。

「沙由香さんよりも謝るのは私の方ですね。沙由香さんの体調管理に優先度を振り分けていたために恭平さんの体調管理がおろそかになっていました。今夜中にプログラムを改良して恭平さんの優先度を上げておきます」

「えっ、プログラムを改良って、そんなことも出来るの?」

 マドカの製作者は科学者であり沙由香の父でもある高円寺源太郎である。マドカの行動は高円寺博士によってプログラムされた『地球防衛』という目的に向かって集約されるのだ。しかし、高円寺博士は現在ダイラストに誘拐されているのだから、沙由香にプログラムをいじることなど出来ない。

「もちろんです。高性能ですから」

 あっさりと答える。もちろん『地球防衛』という最優先事項に手を加えることはマドカにもできないのだが、目的に則してさえいれば必要に応じて改良することは可能なのだ。

 今、恭平はD2エナジー充填の効率だけでなく、怪人との戦闘サポートにおいても、つまり地球防衛にとってなくてはならない。それに沙由香の精神安定にも一役買っているようなのだ。恭平の体調管理は十分目的に則しているといえる。

「今のところD2エナジーも十分たまっていますし、ダイラストの活動も小康状態になっていますから、朝にでもエスカレイヤーを強化したらその日一日はゆっくり休んでも構わないでしょう。明日、恭平さんにそう伝えておきますから、沙由香さんはもう休んでください」

「うん、そうだね。じゃあ、マドカお願いね」

 マドカの言葉に素直に返事をする。先ほどまでの心配顔が嘘のように晴れ晴れとしている。それほどマドカを信頼していた。

「はい。では、おやすみなさい。沙由香さん」

「おやすみなさ〜い」

 一礼するマドカにそう返して沙由香は自室に入っていった。

 地下の研究室におりたマドカはさっそくプログラムの改良を行う。三十分ほどで改良は終わったが、さらに一時間以上をかけてバグチェックを行う。テストを何度も行うのは改良によって他の部分に悪影響を与える可能性があるからだった。この部分は断じて省略できない。

『システム………………オールグリーン』

 改良点による問題がないことを確認したマドカは続けてここ数日の恭平のメンタルデータを引き出してチェックする。やはり疲労がたまっている。いくら恭平が若くて助平でも限界はあるのだ、やはり十分な休息は必要だろう。

(でも休息だけでいいんでしょうか?)

 『否』とマドカに内蔵されたコンピュータは答える。

(では、他になにが必要なんでしょうか?)

 蓄積されたデータを検索すると『滋養』とはじき出した。

「滋養。つまり栄養価が高くて精のつく食べ物など」

(食材や原料がわりと……特殊なんですね)

 行動目的が決定するとマドカの行動は素早い。すぐさま食材を求めて家を飛び出した。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

「あ”あ”あ”ぁぁぁ」

 豪快なあくびとともに、ベッドから半身を起こしたのは柳瀬恭平。明るく短い髪にそれなりに整った顔立ちをしている青年である。ただし、寝ぼけまなこでシャツの中に手を入れてボリボリと胸を掻いている様はあまり見れたものではないが。

「恭平さん」

「!!」

 起き抜けに気配もなく背後から声をかけらた恭平はビクッと身をすくませて声に出せない悲鳴をあげる。

 なんとか落ち着いたあと振り向くと予想通り、マドカが正座をしてベッドの枕元の床に座っていた。マドカは出会った当初からよく断りもなく勝手に恭平の家、というか恭平の部屋にまで上がりこむ。恭平には合鍵を渡しているという記憶はないにもかかわらず、戸締りもきちんとやっている他人の家に……である。

「おはようございます。恭平さん」

 そういって軽く頭を下げる。

「あ〜、そのなんだ。いくつか問いただしたいことはあるんだが、とりあえずいきなり後ろから声をかけるのはやめてくれ」

 半分あきらめの混じった声音を出す。どうせいくら言っても変わらないだろうが一応自分の意志は伝えておかないとならない。

「おはようございます、恭平さん」

 表情は変わらないが、先ほどより『おはようございます』の部分を強調して繰り返すマドカ。

「一度お前さんとはキッチリ話をつけなきゃいけないと思うんだが……」

「お・は・よ・う ございます、恭平さん」

 今度も表情は変わらないが、さらに強調する。

「…………おはよう」

 このまま折れるのは癪だが、アンドロイドのマドカと根競べをして勝てる見込みなどほとんどない。ただでさえ連日の疲れでまだ寝たりないような気がするのだ。

「恭平さん本日の予定について提案があるのですが、よろしいですか?」

 恭平が挨拶を返したことに満足したのか、立ち上がるとようやく本題を切り出した。

 


 

「で、コレはなんだ?」

 エスカレイヤーの強化を終えての昼時、恭平の姿は高円寺家の食堂にあった。今朝いつものようにいきなりやってきたマドカが今日の午後は休養にあて、昼食は沙由香の家でとるように勧めてきたのだ。疲労のピークに達していた恭平は渡りに船とばかりに同意したというわけだ。

 沙由香の料理はなかなかの腕で、内心楽しみにしてきた恭平の前に次々と料理が並べられる。量自体はそれほどではないが、恭平の前にだけ並べられていくためテーブルの一角だけやたらと皿密度が高い。

「なにって料理ですよ」

 分かりきったことをといった口調でキッチンからマドカが答える。

「沙由香、こんなに作ってどうするつもりなんだ?」

 先に席についている沙由香に声をかける。

 沙由香は『え?』と少し驚いた表情で恭平に向き直ったが、要領を得ない。もう一度口を開こうとした恭平に「作ったのは沙由香さんじゃありません」と最後の料理を運んできたマドカが声をかける。

「ロボ子、お前料理なんて出来たのか?」

「もちろんです。高性能ですから」

 あいかわらずの無表情で答える。高円寺博士のインプットした知識の中に料理についての項目もあるのだ。博士本人も自分でシュークリームを焼いたりと、なかなか器用なものだった。

「さあ、そんなことより食事をはじめましょうか」

 そういって席についたマドカは、沙由香との間に置いた大鉢に入れてあるそうめんを一筋取り上げると手元の小鉢のつゆにつけて小気味よくすすりこんだ。

「いや、だからなんでお前らと料理が違うんだ?」

 食えるのか?と聞きたかったが、『高性能ですから』と返ってくるのが分かりきっていたのでやめておく。

「それは恭平さん用に作った料理ですから遠慮なさらずに召し上がってください」

 沙由香もうんうんとうなづいてそうめんに手をつけている。

「う〜ん、まあいっか。じゃ、遠慮なく」

 手を合わせるとまず手近にあったスープを口にする。

「お、ダシがきいてて旨いな。コレ何のスープなんだ、ロボ子」

 予想よりもはるかにまともな味に恭平の機嫌が目に見えてよくなる。

「それはすっぽんのスープです」

 さらりと返したマドカの答えに口へ運ぼうとしたスプーンが一瞬止まるが、割と高級な食材だなと思い返してそのまま口に含む。はじめてだったが、イメージよりも割合あっさりとした味だ。

 気をよくした恭平は続けて、一口大に切ってある蒲焼を箸に取る。

「蒲焼は切り分けるより、ごはんの上にのせてうな丼にでもした方がいいんじゃないか?」

「うなぎだったら蒲焼の切り身をご飯にわさびと一緒にのせてお茶漬けっていうのもいいかもしれませんね」

「あ、それおいしそうだね、マドカ」

 マドカはそういった沙由香に今度作ってみましょうと答える。

「……ん?この蒲焼ってうなぎ……じゃないのか?」

 マドカは『うなぎだったら』と確かにそういったのだ。恭平は口に運び確かめてみる。たしかにうなぎではない、かといってアナゴとも違う食感だった。

「なんだコレ?味はわるくないけど、歯ざわりが……経験したことないような感じがする」

 不思議そうに口をモゴモゴしながらマドカに尋ねる。

「それはマムシの蒲焼です」

 ゴクッ。

 マドカの答えた食材を頭が理解した瞬間、自分で分かるほどの音を立てて飲み込んでしまう。

「……は?」

「マ、マドカ。わたしもよく聞き取れなかったんだけど……あ、あのマムシって」

 沙由香も知らなかったのか顔がやや青ざめている。

「マムシと呼ばれるクサリヘビ科の毒蛇のことです。蝮酒や黒焼きが一般的ですが、食べやすいようにアレンジしてみました」

「いやアレンジしてみましたって……ああ、食っちまった」

 先ほどの上機嫌が嘘のように沈んでいく。するとうつむいた先にある赤い液体の入った小さなグラスが目にとまった。気のせいか液体の表面がピクピクと一定のリズムで波打っているようにも見える。

「な、なあ、この赤いのってもしかして……」

 恭平の本能は激しく危険だと訴えているがつい口に出してしまう。

「それは新鮮なうちにグイッと飲んでください。臭みを消すために赤ワインを少々入れてありますからそれほど生臭くはないと思いますよ」

 新鮮、取れたて、生臭い、生、生で赤、赤、赤、あか、あか、あ……。

「あ、これはちょっとダメかも……」

「地球防衛のため、恭平さんには精力をつけてもらわないとなりません。さぁ、グイッと」

 マドカが促すが、それでも恭平は動かない。

「……恭平さん……『手紙』『昔』……」

 躊躇している恭平に幼い頃沙由香にあてたラブレターをネタにしたマドカの脅しが入る。地球防衛のため恭平の精力回復が現在の急務なのだ。恭平の好き嫌いなどこのさい問題ではない。

「ちくしょう……」

 わずかに震える手で小さなグラスをわっしとつかむ。

「恭ちゃん、あまり無理しないでも……」

 そんな案じるような沙由香の声が聞こえた瞬間、はじかれたように一気にグラスをあおる。思ったよりも生臭くはないが、それよりも口の中に残ってピクピクとうごめくものの方が問題だった。あまり気持ちのよいものではない。

「は、はい。恭ちゃん、お水」

 明らかに顔色の変わった恭平に水の入ったコップを差し出す。引ったくるように受け取るとこちらも一気にあおり口中に残ったものを飲みくだす。

「はぁ〜〜、サンキュ沙由香」

 安堵の吐息とともに礼をいう。

「さあ、恭平さん。他にも料理はありますからドンドンいってみましょう」

 人心地ついたと思ったところに容赦なくマドカの声がかかる。

 すでに恭平も目の前の料理が自分の精力増進を目的としたものだと理解しているが、最初のすっぽんスープと違ってどんなものが混じっているか分かったものではない。こうなったら適当に無難なのをチョイスして、もう満腹とかいって逃げようと決心する。

 さてどれが安全だろうかとテーブルの上の料理を見渡す。

 一見うなぎの蒲焼に見えたものが、じつはマムシだったのだ。そんな目で見ているとどれもこれもが危険に見えてくる。

 そんな恭平の目にふとニワトリのものよりもやや大きい卵が目にとまる。生卵か茹で卵かは分からないが、この際生でも構わない。そう判断してその卵を無言で手に取る。

「それは丸みの大きな方の先っぽを割ってください。お塩はお好みでどうぞ」

「じゃ、茹で卵なんだ」

 差し出された食塩を受け取り手元に置くと、スプーンで殻の先を割る。しかし割れた隙間からはわずかな硫黄臭とともに液体がこぼれる。恐る恐る割れた殻をどけ中を覗くと恭平の顔色が明らかに変わった。

 ぎゅっと眼を閉じると卵とスプーンをテーブルにおいて立ち上がる。そのまま「悪い、急用を思い出した」とマドカに声をかけられる前にそそくさと飛び出していく。

「恭ちゃん、どうしたのかな?」

 そういって恭平の置いていった卵を手にとり、中を覗く。

「うわぁ、これは……すごいね」

「バロットというフィリピンの食べ物です」

 


 

「さっきから一体なんなんだ!」

 恭平はそういってマドカと彼女の差し出した小瓶を交互にねめつける。

 高円寺家から逃げ出して自室のベッドの上に倒れこんでいた恭平がようやく落ち着いたところに、またも断りもなく上がりこんだマドカが持参したものだ。しぶしぶ起き上がったところに、

「恭平さんの疲労回復のためです。さあ、休む前に飲んでおいてください」

 恭平の叫びは無視してずぃっとにじり寄ったマドカが今度は恭平の鼻先に突きつける。あまりの勢いにあとずさった恭平が後ろのベッドに仰向けに倒れこんだ。

「ロボ子一体なんのつもりだ」

「これからは恭平さんの体調管理も私が行います。お昼はきちんと食べていただけなかったので多少強めに調整してありますから、さあ」

 改めて小瓶を見やる。瓶に色がついているので内容液は窺い知れない。昼食に出てきた料理の流れで考えれば、その手の効果を期待したものだろう。50mlほどで量自体は少ないといってもよかったが、最後の一言は聞き逃せなかった。

「強めって、大丈夫なのか?その……副作用とか」

「地球のためです」

 マドカが即答する。

「説明になってねぇだろ!ちゃんと説明しろよロボ子」

「…………じゃあ、副作用はありません。大丈夫です!」

 無表情のまま、ぐっと握り拳を固める。

「じゃあってなんだ、じゃあって!」

 ほとんど半泣きになって叫ぶ。いくらなんでもこんな得体の知れないものを飲まされるのは勘弁して欲しい。

「……ふぅ」

 マドカはため息をひとつつくと、恭平が抵抗する間もなく押し倒す。そのまま馬乗りになって右手で恭平の両手を抑え込むと、流れるような所作で空いた左手を使って小瓶のキャップを開けた。勢いよく飛んだキャップが床に落ちた音で恭平が我に返ったときにはすでに瓶は口へとあてがわれている。

「ふぬぅ!」

「あっ」

 とっさに瓶の口に噛み付くと内溶液が重力にしたがって口内に流れ込む前に一気に首を振って弾き飛ばした。床に液体がぶちまけられたが、この際かまってはいられない。

「なんてことするんですか、恭平さん」

 表情こそ変わらなかったが、心持ちいらだっているような声音だった。

「んなわけの分からないもの飲んでたまるか!」

 床に広がっている液体を一瞥すると勝ち誇ったように恭平が叫ぶ。恭平はなんとか両手を解放させようと身をよじっていたが、マドカの右手は、さして力を入れているようにも見えないのに万力で締め付けられたように振りほどけない。見た目よりもはるかに力だ強い。

「しかたありませんね」

 そうマドカがつぶやいたあと、ふと見上げると腹の上に跨っていたマドカが身じろぎもせずじっと見下ろしているのに気がついた。

 ベッドの上でマドカを腹の上にのせたまま見つめあう。ややあって、不意に両手を押さえつけていた力が緩んだ。無言のまま恭平の両手を解放した右手を恭平の左頬に、空いていた左手は右頬へと移動するとそのまま恭平の顔を挟み込むように固定する。

 恭平が戸惑っていると、そのままゆっくりと顔を近づけ唇を重ねる。眼を見ひらいて驚いているうちにマドカの舌が唇を割って口中に侵入してきた。驚いて恭平の目が大きく開く。

『ちゅぷっ、ちゅぷ……ちゅっ……ぺちゃ……んっ……』

 しばし外からのセミの声と小さな水音だけが部屋に満ちる。

『ぴちゅっ……んんっ……はぁ……』

 ようやく唇を離したマドカと恭平の唇の間に唾液が糸を引き、窓からの光でキラキラと輝く。

「あっ」

 意識せずにものほしげな声を出してしまったことに気が付いて羞恥と怒りで頬が熱くなるのが自分でもわかる。

「お、おまえ何考えてるんだ!」

 照れている自分を誤魔化すために自然と大きな声を出してしまう。

「恭平さんがお薬をこぼしてしまったんですから、緊急処置です」

「何が緊急…………ちょっとマテ。それとその……キスに、どんな関係が……」

 ふと沙由香とマドカとで3Pを行ったときのことが思い浮かぶ。あのとき、マドカは沙由香のために唾液にサッカリン溶液を混ぜて恭平の一物にまぶすという行為を行った。今回、体内で合成したかそれとも最初から用意してあったのかは分からないが、先ほどのキスのときに唾液に薬が混ぜてあったのではないか?

「おまえ……はめやがったな、ロボ子」

「なんのことです?」

 マドカの表情は平然としたものだった。どうやら本当に薬を混ぜていたらしい。それも騙そうとしたわけではなく本当に緊急処置をしたといった風情だ。

「ロボ子、おまえなぁ、本当になに考えて……」

 今日何度目かの問いを発する。まだマドカが腹の上に跨ったままという情けない格好だったが、半ばあきれながらも問いただそうとしたとき、不意にマドカがドアの方に顔を向けると「沙由香さん……」とつぶやいた。

「えっ?」

 恐る恐るドアの方を振り仰ぐと少しだけ開かれたドアから沙由香の姿が逆さに視界へ入ってくる。恭平と目が合ってビクッと身を竦ませる。沙由香がドアに触れたためかゆっくりとドアが開いてくる。

「恭ちゃん、マドカと何やって……」

「わ〜〜っ、待て。か、勘違いすんなよ、沙由香!?」

 慌ててマドカを押しのけて起き上がろうとすると、マドカは抵抗もせずベッドから降りた。たいして乱れてもいない衣服を整える真似をする。

「いいか、沙由香。これは……マドカが、その、なんだ……」

 マドカに続いて立ち上がりながら沙由香に向かって弁解する。自分でもどうしてこんな言い訳じみたことを言っているのか不思議だった。

 すでに目をそらしている沙由香に近づこうとした一歩目で視野の周りが黒くなって狭まったような気がした。二歩目で目ン玉がひっくり返るような眩暈を覚え、三歩目でひざがカクンと落ちる。四歩目は踏み出せず、かわりに目の前にはなぜかフローリングの床があった。自分の頭がドンッと床に叩きつけられるにぶい音がやけに遠くから聞こえる。『これは痛い』と思ったものの不思議と痛みは感じなかった。

 沙由香の驚いた叫び声が聞こえ、慌てて駆け寄ってくるような気配は感じたが、確かめる間もなくそのまま恭平の意識は途切れた。

 


 

 その夜。恭平の部屋にはふたりの人影があった。ひとつはベッドに横たわり、もうひとつはベッドの横に寄り添っている。寝込んでいる恭平と看病している沙由香だった。時折、恭平の額に浮かぶ汗を冷たい水につけて硬くしぼったタオルでぬぐう。

 恭平が倒れたのがお昼過ぎ、慌ててベッドに運び(マドカがほとんどひとりで運んだ)それからずっと目を覚まさない。

 先ほどまで荒かった寝息も今ではだいぶ落ち着いて、タオルケットから覗く恭平の手を沙由香がやさしく撫でている。撫でながらじっと恭平を見つめてはそらし、そらしてはまた見つめるということを繰り返している。

 視線をそらすと不安と焦燥にかられるのに、眠っている恭平を見つめると鼓動が速まり胸が掻き乱されるように騒ぐのだった。はっきりとこの感情の説明もできず自分でもすっかりもてあましてしまっている。

 すでにマドカからどのような状況で、あのようなことになったのか説明は受けた。マドカの性格と今までの行動を考えれば理性では納得しているのだが、やはり感情が納得してくれない。

 もう一度、恭平を見つめる。鼓動が早くなっていくのが自分でもはっきりわかる。握った手を通して恭平に伝わらないかと、そんな埒もないことが頭をかすめた。

 今度は恭平から目をそらさずにいると呼吸が少しずつ少しずつ荒くなっていく。

 ゴクッといつのまにか口中にたまった唾液を飲み込むと、ほとんど無意識に恭平へと顔を近づけていく。

 ちょうどドアの前に沙由香と看病を代わろうとマドカがやってきたが、D2ダイナモがゆっくり回転をはじめたのを確認したので、気付かれないようにそっとドアを開けて中をうかがう。恭平がこんな状態とはいえ、D2エナジーの補充はできるときにやっておいたほうが良いのだから妨げるわけにはいかない。

 沙由香の顔が近づくにつれ、D2ダイナモの回転率が上がっていく。性的に昂奮しなければ、D2ダイナモは回転しないのだから、沙由香は恭平の寝顔で欲情しているのだろうか?いつもの恭平との行為に負けないほどのD2エナジーが発生していることを確認したマドカはそう判断した。

(恭平さんの寝顔だけでいいなら、今度は睡眠薬をもう少し強くして飲んでもらいましょうか)

 そう、マドカが恭平に飲ませた薬の主成分の一つは睡眠導入剤つまり睡眠薬だった。もちろん新陳代謝を高めるための配合や栄養剤も加わってはいるが、若い恭平の躰には適量の睡眠薬でぐっすり眠ってもらった方がよいと判断したのだ。

 そんなことをマドカが考えているうちに、部屋の中では沙由香と恭平の唇は吐息が届くほどの距離となる。沙由香がゆっくりとまぶたを閉じる。D2ダイナモの回転率は最高潮となった。扉から覗いていたマドカも今まで以上に顔を寄せる。

「おい」

 今まで閉じられていた恭平の口からの呼びかけに、弾かれたように離れる沙由香。目は開けていたものの、とてもではないがまともに恭平の顔を見ることができない。

「あ〜、その、なんだ、沙由香……もしかして」

 そこで言葉を切った恭平に、見ていて気の毒になるほど肩をおとして縮こまる。

「…………ずっと看ててくれたのか?」

「え!?」

 恭平の言葉に今度はぱっと顔を上げる。では先ほどの行為には気がついていないのだろうか?

「……ぶっ倒れたところまでは覚えているんだけどな。で、俺どれぐらい倒れ……ん?ってもう夜かよ!」

 窓の外を見ると声を上げて飛び起きた。

「きょ、恭ちゃん、そんないきなり起きたら……」

 沙由香が止める間もなく、眩暈でまたもベッドに倒れこむ。

「もう、まだ薬が残っているんだから、無理しちゃダメだよ。恭ちゃん」

 安心したのか、今度は恭平の方を見ることが出来る。

 もっとも恭平はこちらを向いていない。実のところ恭平はしばらく前から目が覚めていたのだが、沙由香に撫でられるのが心地よくて起きるに起きられなかったのだ。当然先ほどの沙由香の行動にも気がついているのだが、昼間にマドカに押し倒されているところを見られたことも合わせて、さすがにばつが悪い。

「……昼間のことなんだけどな。アレはロボ子の奴が……無理矢理、その……なんだ」

 シーツに顔をうずめたままで、独り言のようにつぶやいた。

「うん……恭ちゃんの疲れを取るためにお薬を飲ませようとしたら、駄々をこねてこぼしたからってマドカがいってたよ」

「駄々って……」

 どうやら一応説明はしてくれていたらしい。なんだか安心して、今度はちゃんと沙由香の顔を見ることが出来た。

 顔を向けるとこちらを見つめている沙由香と目が合う。先ほどまでの感情の起伏からか沙由香の瞳が潤んで妙な色気があった。不思議と目をそらすことができず、見つめ合う形になる。

 まずいと思ったが、沙由香へと伸ばした手を止めることができない。

 沙由香の二の腕をつかんで引き寄せようとしたそのときグゥゥと胃が大声で存在を主張する。さすがに沙由香をつかんだ手を離した。

 よくよく考えれば昼はほとんど食べなかったから朝に食べてからこの時間までマドカの薬以外口にしていないことになる。ずっと寝ていたのに不思議といつも以上に腹は空いていた。薬の作用で新陳代謝が高まった効果なのだが、それは恭平の知るところではない。

「恭ちゃん、私なにか作ってこようか?」

「悪いけど、頼むよ。って、まさか妙な材料で作ったりしないよな」

 そういってから立ち上がった沙由香に慌てて訊ねる。

「そんな事しないよ。安心して。じゃ、お台所借りるね」

 マドカの作った昼食を思い出したのか、クスクス笑いながら部屋を出て行った。既にマドカはドアの前からいなくなっている。

 待つことしばし。

 結局、沙由香が作ったのはお粥だった。病気というわけではなかったが、いきなり重いものは躰に悪いと判断したからだった。

 小鉢によそった上で、レンゲにすくうと「ふーふー」と息を吹きかけお粥を冷ます。

「はい、あ〜ん」

ニコニコと倖せそうに差し出す。

「ふ・ざ・け・る・な!別に病人じゃないんだ自分で食う!」

 沙由香から差し出されたレンゲをひったくると、沙由香は本気で残念そうな顔をする。別に冗談でもふざけているわけでもなかったようだ。だが、さすがに恥かしすぎてそんな真似はできない。

 手にとったレンゲでお粥を口に運ぶ。作りたてはさすがに熱かったが旨い。隠し味に味噌を少し入れていると沙由香がいった。空腹なのも手伝って流し込むように平らげる。最後に冷たい麦茶で一息つくと心地よい眠気が襲ってきた。

 沙由香が食器を片付けて部屋を覗いたときには既に恭平は寝入っている。沙由香は恭平を起こさないようにそっとドアを閉め「おやすみ、恭ちゃん」と小さくつぶやくのだった。

 体力が回復した翌日以降、マドカの作ったものは一切口にしようとしなくなった恭平と、恭平の寝顔を沙由香に見せてD2エナジーの補充を行おうとしたマドカとの攻防戦がしばらく続くことになるのだが、それはまた別のお話。

- 了 -


あとがき

 本編中で恭平のリビドーが0になっても、それに伴うイベントが存在しなかったのがけっこう意外であり、残念でもありました。というわけで書いてみました。
 ゲームでいえば、純愛ルートでマドカとの3P済み(2回ともマドカで中出し)ではあるものの、時期的に遅かったのかマドカルートには入っていないといったところ。書いてて当初の予定と違って危うくマドカルートに乗りそうな感じがしたものの、なんとか軌道修正。あと、本編中では恭平は沙由香とかと散々Hをしまくる割にキスはダメとか、妙なところに貞操観念が働いていたのを、キスシーンを書き終わった後に思い出してしまう。一応自然な流れになったと思うし、ほかに一服盛るいい方法も思いつかなかったので、そのまま。
 本作中で出た料理のバロットっていうのはアヒルの孵化寸前の有精卵の茹で卵のこと。孵化寸前ってことで中が一体どんな状態なのかは想像通り。検索かければ写真をアップしてあるサイトがあるので興味がある方はどうぞ。

2002/09/05

 


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